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zoom RSS 天に運ばれしもの

<<   作成日時 : 2014/12/14 07:42   >>

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いずれあなたにも 死が訪れる時が来る

その時が来る前に是非知ってもらいたいことがある

それは 死とは意識的であれ 無意識であれ

必ず最後の瞬間は 自らが決断を下すのである

決して偶然に訪れるものではない

肉体が崩壊する前に  最後の心臓の鼓動が止まる前に

すでに自分で決めているのだ



死ぬ前に是非この人に会いたいと強く願う人は

必ずその人が現われるまで待つ

たとえ医師が臨終ですと宣告してさえも

逆に医師が一年の余命ですと告知してさえも

自分が今生にてやるべきことはすべて終えたと思えば

数日後に旅立ってゆく


なぜなら  肉体の崩壊は

自らの強い意識によってコントロールされているから

また 人は誰でも死ぬ時

自分が人生で懸命に蓄えてきた

財産も地位も経歴もそして物質も

すべて一切の所有物を捨ててゆかねばならない

どんなに執着しても持ってゆくことは出来ない

そして 唯一持ってゆくべきものは

地上にて家族や人々に対して

話してきた言葉  現わしてきた行為  思ってきた感情想念のみ


それらの言葉  想念  行為が 否定的であればあるほど  

業(カルマ)となって あなたについてくる

たとえそれを引き離そうともがいても

業のほうがあなたから離れず執拗に追いかけてくる

なぜなら唯一あなたが持ってゆくべき所有物だから

そしてそれを処理 (光に変容) してもらいたいから


人は誰でも一人残らず旅立ってゆく時

自分の語ってきた言葉  現わしてきた行為  

抱きつづけてきた感情想念の結果を

持ってゆかねばならない


神人の語った言葉  現わした行為  抱いた感情想念は

すべて愛そのもの 感謝そのもの 光そのもの 真理そのもの

祈りそのもの  世界平和のために祈りつづけた神人の

善業 陰徳 真理の生き方は

輝かしい神への捧げもの (財産) として

天へ運ばれてゆく


       インフィニット・ワーズ の詩  より




皆さんの世界平和の祈りの道というのは 本当に魂が開く

本心が開かれてゆくと同時に その祈り方 その歩んでゆく道が

そのまま人類のためになる 社会のためになるという宗教の道を

歩んでいらっしゃるわけです

その道をだんだん極め 深い深い祈りになりますと おのずから

世界人類が平和でありますように ああ みんなが幸せで

ありますように≠ニいう愛の心が中から湧き上がって

くるようになってきます  

そうなってきたらしめたものですね

そのように 自分の幸せを願うと同時に 他人の幸せ

国家人類の幸せを願えるような人間になると この現世でも

その人は安心立命していくと同時に 霊界へ行っても

いい高い地位につくわけです

この肉体界の修行を終えますと 肉体界の天寿を完うしますと

その高い低いにかかわらず 霊界へ行くわけです

霊界に行くにしても 自分の本心をつつんでいる いわゆる

我欲の想いが多ければ多い程 その魂はこの世的にいえば

目方が重いわけで ずーっと沈んでしまう 沈むというのは下の方に

ゆくわけです  天国というと よく上のほうをいいますけれど

確かにそうなんです この三次元世界の説明でいけば

どうしても上のほうということになるのです

地獄は下のほうということになります

魂が高い 業が少ないと 魂が軽くて光が強く ずーっと高い所へゆきます

本心をおおっている我欲が多ければ多い程  ずーっと沈んで低い所へ

行ってしまう 地獄へ行って苦しんでしまうわけです

ところが自分と本心との間の夾雑物がなくなって ああ すべて神様の

み心のままだ みんなお任せなんだよ≠チて死ぬ間際にいえるような

魂になって昇天すれば その人は高い高い いい所へ行くわけです

だから全部全託しろ といってもなかなか出来ませんよ

みんな神さまにお任せした といってスッキリしている人はなかなかありません

けれど出来る限り なるべく神さまがすべてをなさっていらっしゃるんだ

守護霊守護神さんがちゃんと自分の運命を知っていらっしゃるんだから

この世で生きていようとあの世へ行こうとも すべて神さまに

お任せしておけばいいんだ という心にだんだんだんだん近づいていって

そして生きていきますと この世の世界でもあまり苦しみがありません

…… 人間はどうせいつかは亡くなります

ですから生まれて ものごころついて(子供の頃は別として) 

青年以降になったなら どういう生き方をして どういういい死に方をするか

そういうことが常に心の中になければけませんね……


己が幸 願ふ想ひも朝夕の 世界平和の祈り言の中 という

私の歌がありますが 自分の幸せを願う想いが そのまま

世界人類の幸せを願う想いと全く一つになった生き方をしますと

個人の五尺何寸の自分が 実は四十億(現在は七十二億)の

人類の自分になっているわけですね 

ですから広い広い生き方が出来るわけです

それを日々瞬々刻々 寝ても醒めても唱名念仏すべきものなり

という浄土真宗のような生き方で しかもあせらず 悠々と日々を

明るく生きてゆかれるのが この世界平和の祈りの生き方なのです


         永遠のいのち (五井昌久 著) より抜粋

 













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